大ヒット漫画の作者と家族がたどる数奇な道…『ど根性ガエルの娘』【ヤングアニマルDensi】

大ヒット漫画の作者と家族がたどる数奇な道…『ど根性ガエルの娘』【ヤングアニマルDensi】

1970年代の大ヒット漫画「ど根性ガエル」の作者・吉沢やすみさんの娘が、その後の家族の葛藤と自らのたどってきた道を赤裸々に綴った実録コミック。作品自体も、最初は「週刊アスキー」で連載開始し、その後「ヤングアニマル」の電子版に移ったという、数奇な運命を持ちますが、内容が家族の歴史の回顧だけでなく、今おかれている状況と並行して現在進行形で進んでいるという、異色の作品です。

すさまじいストーリー展開とどんでん返し

これは電子コミックでなかったらとても描けない作品です。ネタバレすると面白さが半減するタイプの作品だけに、紹介は最小限にとどめますが、父である吉沢先生がその後ヒット作に恵まれず、家族も崩壊の危機を迎えるが……という、クリエイターや芸能人にありがちな“一発屋”のたどった苦難の道を描いています。
それだけなら、ありがちな「自分語り」になっていたでしょうが、この作品のすごさは、途中からストーリーの性格がまるで変わってしまうところ。その転換点となった第15話は、大反響を呼びました。現在、コミックス(2巻まで、電子書籍および紙書籍)が発売されている関係で、電子版では番外編を除くと1話・6話・16話以降だけの配信となっており、問題の第15話は公開終了となっていますが、今夏発売のコミックス3巻に収録される予定とのことです。

あらゆる意味で「重い」作品

人気漫画家から転落人生を送ってきた父に対し、娘である作者が投げかける視線は、一言では説明できない複雑さを持っています。おそらく、世間一般の常識からすれば、父親は明らかに親として失格です。作者が送ってきた人生も、そんな父に大きく左右されてきました。普通なら親を憎み、「毒親」として対決するのかも知れませんが、作者はそうはしません。自分が父を愛さなければ、誰が愛してあげられるのか、という、半ば使命感に駆られています。
その一方で、父に言いたいことはたくさんあるのに、言えないジレンマも抱えています。それを克服するためにこの漫画を描いている、と作中で娘は公言しており、それが家族に起こった出来事を包み隠さず、現在進行形で公開するという、常識破りのストーリーにつながっています。
「自分が自分であり続ける」ために、すべてを白日のもとにさらす……。そこに、作者の覚悟があります。「黒歴史」などという言葉などでは表現しきれない、心の中の愛情、憎しみ、そして奥底にたまったものをすべてぶちまける。正直、重いです。でも、人生って、真面目になればなるほど重くなるものです。だから、この「重さ」は作者の生きざまとして素直に受け止められるし、個人的にも嫌いではありません。

「編集」の持つ面白さと怖さ

作中では、この作品がアスキーからヤングアニマルに移籍した経緯についても、克明に明かされています。紙媒体でもネットでも、マスコミをはじめニュースメディア、そしてクリエイター系のコンテンツには、必ず人による「編集」が入ります。その編集によって、伝えられる内容はガラッと変わるということが、そのくだりから読み取れます。
ネット上では、ともすれば「他人の目からのバイアスがかかった編集などいらないから、メディアはすべて垂れ流しだけしていればいい。ネットに紙面や放送時間の制限はないし、判断は受け手がするんだから」という論調が幅をきかしますが、そのネットのニュースも、編集者によって作られています。垂れ流しだけで受け手に伝わるものは、正直ありません。編集があるからこそ、読んでもらえるのです。
筆者は元新聞記者ですが、この作品を読んで、改めて「人に何かを伝える」ことの難しさ、作者や編集者の意図を読み取ることの難しさを感じました。だからこそ、この仕事は面白くもあるのですが、伝え方を間違った時の怖さというものを、改めて知った気がします。アスキー側が、この漫画に描かれた事の顛末について、どう思っているのか。個人的に知りたいです。
余談なんですが、「ヤングアニマルDensi」では、この作品に「コメディ」「エッセイ」というタグがついてるんですが、これ「コメディ」なんですかね……いや、クレームとかじゃないんで誤解しないで下さいね。ただ、内容はコメディ離れしていると思うので……。

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